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2008/07/22

影鬼遊び

Nikon20062007_046


昨今の夏の日差しは皆様同様、お気楽な私にとっても大変なダメージを被るものであるがために(苦笑)、気温の低い夜になってから散歩に出るようにしている。

ある日もいつものように決まったコースを歩き、途中にある公園で休憩していると、
見知らぬおばあさんがこちらに近づいて来た。
おばあさんは顔に幾重にも刻まれている深くて濃い皺を更にくっきりとさせながら「こんばんわ」と挨拶をしてくれた。

突然の遭遇にびっくりしていたので言葉が上手く出ずに私はおろおろと軽い会釈をした。
夜とは言えど夏だというのに長袖を来たおばあさんは、下だけが半ズボンで、頭には小さなニットキャップを被っているというヘンテコぶりだった。

きっとおばあさんやおじいさんの間で流行っているファッションなのだろうと思った。


「ここに座ってもいいかしら?」

おばあさんはそういうと、私の承諾を確認してから私がチョコンと座っていたすぐ隣に腰掛けた。

古い木製の背もたれの無いデコボコしたベンチだった。多湿な夏の湿気を充分に含んでいるので表面の質感が妙にしっとりとしていて尻の下がえらく気持ち悪かった。

おばあさんはそんな事は特に気にもなっていない様子だった。
ベンチのはるか上の方で息切れ気味にもよく働く、無機質な街灯のちらちらした光を受けながらにっこりと微笑んでいた。
月明かりの微々たる柔らかな青さと、細かい針の様な人工の白い光がおばあさんの顔と木製のベンチ上に一層深い影を落としていた。

ベンチとちょうど向かい合わせにあるペンキの剥げたすべりだいを見つめたままおばあさんは私に色々の話をしてくれた。


生い立ちの事から天気の事、妙な道徳論にわけのわからない自論まで、おばあさんの事を色々私に聞かせた。
顔を見る事もなく私は相槌をうった。
二人ともぼんやりと薄まった闇に浮かぶ寂れたすべりだいを見つめたままだった。

その時公園の入り口から声がした。
「おばあさん!おばあさん!」

見ると中学生くらいの髪の長い女の子が入り口に立ちこちらを見ていた。
肉親だと思った。

おばあさんもそれに気がついたようで、座ったまま顔だけそちらに向けて微笑んだ。


女の子は何も言わずにこちらに近づいて来た。私はなんだか怒られるんじゃないかと思って少しビビった。
おばあさんは奥深く優しい笑みを浮かべながら女の子に言った。

「さきちゃんにも友達を紹介してあげようね」
そうして私の肩に手を置いた。
突然の出来事続きの為、私はなんだか狼狽してしまい、とりあえず女の子に俯き加減で会釈をした。

女の子は言った。


「おばあさん、私はさきちゃんじゃないわ。ヤスコよ。さきちゃんはママの事よ。どうして忘れちゃうの?」


おばあさんは女の子に手を引かれて公園を出て行った。
女の子は怒ったような泣きそうなような、無表情でもあるような、変な顔だった。
おばあさんはずっと笑ったままだった。
私に小さく手をふってくれた。

私はベンチに座ったまま動かなかった。
ただ、上澄みだけがぼんやりと光で薄まった闇の底に小さな二つの姿が溶けていくのを見つめていた。

公園の時計を見た。
2時を回っていた。


無機質な街灯の光と、青い月光を隣で遮っていたおばあさんがいなくなったので、
木製のベンチに落ちる影は私の小さな影がひとつきりになっていた。


頭の部分に三角形の突起が二つ、尻の部分からは細長く飛び出た曲線のある、妙に猫背な影だった。

「SAVE0001.BMP」をダウンロード

Posted by 芙美子 on 7月 22, 2008 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2008/07/19

昇進祝いとアホ的ホットライン多数受電。

昇進祝いとアホ的ホットライン多数受電。
…今朝、目が覚めたら
『にじゅうさんさい』
に変身していて、たいそうびっくりした。


『弐獣参斎!』(にじゅうさんさい)
というのはなんだか、
葛飾北斎っぽくて

弁慶っぽくもあって
総じて仰々しくて

ちょー偉い人みたいで

丑の刻の月夜、
長屋の屋根の上を低姿勢で走り抜けていく闇の必殺仕事人とかの肩書きみたいで

あぁー、もしかしたら人に会う度に


『只今参上!!ジャーン!』


とか言わなくてはならないんじゃないかと思ってちょっとうんざりした。

3がつく年齢なのでどうせならアホになろうと思い、

ある先輩にその意気込みを鼻息荒く語ったら、彼が


『じゃあ俺はあと10年か…』


と言った。


彼は齢30歳の自称変態作曲家である。
煩悩を擬人化したらおそらく彼になるのだろうと思われる程の自他共に認める助平だ。
生命力を性欲が凌駕しているのやもしれない。
進化とはおぞましいものである。


…しかしこの会話がきっかけで彼が煩悩に加え、アホにまで目覚め、
しかも10年も継続されるとさすがに付き合う私にとってもかなり面倒くさいので


『…やっぱりお互い3がつく年齢の時ぐらいは真面目に生きてみましょう』

と言っておいた。


『真面目なアホになろう』


という彼の言葉を最後に電話を終えた。


丑の刻の月夜に、
長屋の屋根行く闇の必殺仕事人


『弐獣参斎!!!』

…に昇進しても相変わらずこんな会話に通信機器を使用しているアホな自分にはたと気がついて、
通信会社に大変申し訳なくなった。


auダイヤルに電話をかけて真面目に懺悔しようと思ったが

もしかしたら


『弐獣参斎!只今参上!!!!』


とか言ってしまうかもしれないので、怖くなり電話をかけられなかった。

年をとるのはなかなかエキサイティングなもんだと、
二十三年目にして新たな発見をした。


全く関係ないのだが後輩からも電子メールを頂戴した。

『アンデッドすぎてついてけません!!』


という短文ぽっきりの内容だった。


『帰り道に知らないアンデッドについて行っちゃだめよ』

と姉御な目線で忠告した。

返信はなかった。

後輩が凶悪アンデッドに誘拐されたのではないかと心配になった。


急いで薬局に走り、
後輩の救出&戦闘用に

『フェニックスの尾』(RPGゲームFFで使用される蘇生アイテム。ゾンビ系に使うと逆効果)
を買い求めようとした。

薬剤師のおばちゃんに緊急を要する事情を力説し、

フェニックスの尾を汗まみれの手に受け取った。


瞬間、自爆した。


『自分の立場を冷静に把握する事の大切さ』と
『よく知らないアンデッドに構うとロクな目に遭わない』と改めて学習した。

後輩からの返信はまだない。


新たな発見と愉快な人々の中で遭難し続け、早、二十三年目。

今日もとてもいい一日だった。



◎◎(以下、身内ネタで失敬!;)

※事情ありきの為に試行錯誤でひり出した案でバースデーをしてくれた皆様(世田谷)ありがとうございました。

未だにこんな寝間着を着ている無礼者ですが、
今日からは頂戴したえらくかっちょいいスェットに切り替えて、
皆様が爆弾処理する際に赤と黒のどっちをちょんぎったらいいのか即座に判別できる様な

頼れる&頭の切れる利口なアホを目指します。
頭がキレる反抗期が今では懐かしい。◎

おとなになるってこんな感じなのでしょうか。

Posted by 芙美子 on 7月 19, 2008 | | コメント (14) | トラックバック (0)

2008/07/16

「またつまらぬものを・・・」斬り続ける五右衛門が大好き♪

Dscn0624

いえーい。苦笑。空気を読む気も失せる、生熱い初夏のフライング走状態の最中に。
蓉ダウン。
いっそのこと脳もダウンすればいいのに、と思うが、イマイチ無理。
「ダウンするしかねえ」と歌ってくれたチバユウスケ(TMGE)さんが一際恋しいぜ。笑


そして相変わらず余計な事ばかりを考える。全部刹那的で、細切れ肉の様に呆気の無い固体達みたいな、、、苦笑。まさかチンジャオロースにできる訳もなく、進退できない思想は半歩ずつの行ったりきたりを繰り返す。

ずいぶん前から、「いつも何考えてんの?」と聞かれる事が多いんだが、いやあ~、人様には言えない・・・というか、
言葉に集約して伝えるのすらくだらない事ばかり、
そう「・・・という事です」と表現するのすら申し訳なさ過ぎる。(苦笑)というか情けなくなる。
自分の意識の運動神経が絶望的に悪い事、骨折り損な事を自覚してしまうからだ。苦笑

だからそういう質問には
「宇宙」
と答える。笑

この「宇宙」ってのはほんまに便利で、例えどんな事、人、事象、疑問、恐怖、懇願、等等。。を思っていても
それら全てが含まれている「宇宙」と言えば、嘘はないはずだから。


最近考えていたのは「丸」の事。厳密に言えば「まる」っていう「かたち」のことで、

「丸」を変換すると「○」や「●」や「◎」が出てくるじゃない、私はそれ見ながら

「一体何を以って「丸」なんじゃろうか」と、ふ、と疑問。


「○」を縁取っている線がこんな状態をしているからこれは「丸」なのかしら、、
そうだよなあ、だってこの線が「四角」く空間を縁取っていたならばたちまち「□」になる。
「△」なら「三角」・・・。
「丸」というのは、「線」の、そう、縁取っている、空間の上で「線」がどないな風にしてあるのかの名称なのかしら、

じゃあ、「丸」「三角」「四角」「六角」「五角」・・・・いこーる・・・「線」

「線」が角をいくつ作るかによっての名称が図形の名称。

じゃあ結局「○」ってナニモノなのよ・・・?あんたあたしのなんなのさ!?って思うじゃろ。思うんだってば。


線の表す「形」に名づけられているだけの、「○」の白いところって、「△」の線じゃない所って、白いとこと線が共謀して織り成すこの記号って・・・・

その記号、いや空間(白いところをとりあえずそう表そう)自体は「線」がどうにかしてやらなければ名称すらつかないようなものだ。うーんなんかかあいそうだ。。情がわくな。存在すら曖昧で。


「図形」は「線」、とりあえず目に見える箇所には名称がつくとして。その線が空間を切り取ってはじめて空間は現される。

でも元々の{空間」そのもの、そう、目に見えないその!!白いところって何・・・・?

これは何も図形の事に限らず、様々な事象や物事においてもたくさんあるような気がする。


人間ならば「こころ」っていう風に呼んでるとこの事になるんじゃろうか。

「肉体」「人格」「記憶」「証明」「社会的制約」「常識」「自己確立の状態」「生命の機能の限界」とかに網の目みたいに縁取られている「線」の中にある、「こころ」

めっさ馬鹿でかいタイフーン暴風圏を上記の「肉体」~「生命の機能の限界」に例えると、
「こころ」は真ん中の「目」であって、晴天無風の静寂と無の空間。
あるんだけど触れられない空間。見えてるんだか見えないんだかわからなくなる様な、境界もこれと言った定義もない世界。


なんもない、なんもない、見えない、触れない、でも何故だか「こころ」という一つの「呼び名」で呼ばれている訳だ。


「○」の白いとこを「くうかん」と呼んだり、ここん所にある未確認臓器(臓器じゃないかも・・苦笑)
を「こころ」と呼んでみたり、
何故にそんなにも「名称」に「名前」に・・・、
「これです!これであります!」という「証明」にこだわっちまうんだろう。


名をつけるにも満たない不確かなモノは、「不確か」だからこそ魅力的であって、その曖昧さこそがわたしらを惹きつける。
星がないのに重力だけがあるような、ありえない存在。
生きているようだけど生きてない。
死んでいるみたいなのに死んでない。
ふわふわと中途半端に半歩ずつ行ったり来たりしている思想にも似ているな。

・・・だから、名付ける事によってその目に見えない不確かな「魅力」や「美しさ」を殺してしまうんじゃないかな。


例えば、

雲が掴めないからこそ尊く感じ、見上げたくなる衝動に駆られるように。
飛んでいく鳥が届かないからこそ、羽根の無い人にとってずっと憧れである様に。


もしも、その孤高に飛んでいく鳥を撃ち、この手のひらにのせたとしよう。
確かに手のひらには鳥の重みと形を感じる、確かめる事ができよう。
しかし、実体のない感覚や「こころ」が先ほどまで捉えていたはずの魅力、憧れ、美しさ、
孤高の誇りと無限の可能性を感じさせてくれた翼の動きはもう無くて、力なく横たわる冷たい重みだけが皮膚伝いにじっとりと落ちていくだけだ。
なんだか救いがない。
その存在の命の重みを全て背負い、またその存在が併せ持つ実体と実体のない魅力的な何かを双方成立させ続けるには・・・、
きっとわたしらの手のひら、、あんまりにも小さすぎるのだ。


なんとなく「名付ける」事はこれに例えられるような気がする。
そして、わたしらは何か不確かでよくわからないものに無理くり名づけて捕らえようとする度、
そのあまりにも壮大な存在と自らの小さな価値観の無力さに哀悲しむのであろう。
極めて無責任に、そして痛々しく。


だからなんで・・・呼びたがるのか?・・・「定義」付けたがるのかって思うのだ。少なくとも私は、水田芙美子は。
水月 蓉は。。。


ーーーーある相手に自らの気持ちや思惑を伝える際に、「こんな気持ちで」やら「どんなふうで」やら「たいそう○○で・・・」やらと僕らは言う、
けれども「こんな」も「どんな」も「○○」も(ここには嬉しい、悲しい、愛しい、憤慨・・・等とか)
どの言葉も「こころ」の状態を様々な意味を持つ「言葉」に例えているに過ぎない、仮の姿にすぎない。


「こころ」という一応の「呼び名」はついているが、結局そういったもので縁取らなければ、僕らはそれを認識する事ができない。
認識できなければ理解もできないし、理解できなければ少なからずや不安に苛まれる。


しかし、「意識」とか「感」というこれまたあやふやで目に見えない不思議な能力が人にもあって、それらは外部に関係なくそこにひとつの「人」がいれば「対象」が存在すれば多かれ少なかれ自動的に発動する、そいで、
自らの中や、対象の中に新たに「こころ」を発見してしまう。(そんな気がするだけかもしれないが)


私たちは、縁取り、「形」を借りて、そんな風に「自分以外の存在に発見」又は、「自分以外の存在を発見」しなければ、在り続けられない。

「形」にするべくしてつけられる「呼び名」が、なんの支柱もない曖昧な世界の中で私らを縁取り、やっと「存在」さしていて、
でもどういう訳か、最終的には「こころ」と呼んでる、目には見えないよくわからないものに
結局私らは突き動かされてしまう。
こんなに躍起になって認識可能な「呼び名」と「呼ぶ声」を求めているというのに。

どの本だったか詳しくは忘れたけれど、「星の王子様」を読んでて、
「ほんとうに大切な事は目には見えないんだよ」っちゅう台詞があったけど、
この言葉はたいそう簡潔で納得できるなあー。苦笑
って真面目に思う。すげえ台詞だと。

ん~、でもまあ「どんな風に見えるのか」も勿論大切だと思う、、。

こんだけわんさか人が居て、いっこの世界で暮らしてるんだから、突飛な空想やあやふやな思想論、総じて「曖昧さ」だけでは「存在」として認めてもらえないし、「人」と言う一個の「形」として存在できんし、。
人間ってそれが一番恐怖じゃろうし。


金八先生も言っとったっけど(笑)
「人は支えあって「人」っつう字をかくんじゃ」って、、。

「関係」する、「作用」し合う事も「人」の存在には欠かせないのだ。

「人」は「一」(ひと)では在り続けられない。


「じゃあ人じゃなくていいもん!人間辞めてやるもん!!」っちゅう輩も時たま見かけるけど、
それは無理だや。って気がする・・・。止めはしないけども、。
「人」として命とこころを持って生まれてしまった以上、「人間界」という重力には逆らえないと思う。

またそういったなんかしらの「重力」やら「拘束」やらの「縁取り線」に付着、またはくくられてないと、
「人間辞めたるわー!」の問題思想発言すらもできない。
そんな阿鼻叫喚や反骨狂気も何が原因になってて、何に対する動機なのか考えたらやっぱ「拘束」やら「重力」やらからくる「不自由さ」からで、
やっぱ是に思えど否に思えど、必要な訳だ。「拘束」という「線」が。「呼び名」が。

「呼び声」のない世界では多分、在れない。それが例え否定の意味を持っていても、残酷であろうとも。


だから、それっ!諦めよう!笑


こんだけいっぱいの人の価値観の平均が、多分「形のあるもの」なんだろう。、
例え「こころ」がぶっ飛んでしまっていても
見えれば、触れれば、味わえれば、認めざるを得ない最低限の証明書。
どんな誰もが共有できる価値、「かたちあるもの」。
消して永久ではないという特徴が、改めて人の儚さを意味している気もするが。


・・・・・・・ここで再登場。「○」

「○」を見たまま、その名称の「丸」という認識のみで、綺麗さっぱり処理しないわたしは
改めて自分は「人間」なんだという実感をひしひしと感じてますよ。

形の無い状態やものを求め、理解したく願い、「言葉」や「音」や「色彩」にて具体化しようと試みる。
名ばかりで形のない「こころ」を持っているからこそ湧き出た疑問符。
そんな「?」こそが何よりの「人間」の証拠な気がしてますよー。

これは最新式のコンピュータにも出来まい。ふふん。
奴らは「無駄」をしない。しゅっとご立派だ。
行動は極めて簡潔、単純、明快、迅速、正確。
しかし、「人」は「無駄」をする。
それは曖昧、不可解、不透明、速度も不安定、常に変化し、生き又は死ぬ。
双方、求める答えは一緒かもしれないが、ならばきっと「答え」にはさほど価値はなく(あくまで人間としての視点で言うと)
それを叩き出すまでの過程の大きな違いこそが重要なのかもしれない。
そして私達のそれはたいそう曖昧で、ややこしく、むらがある為、消して明確には「目には見えない」

しかし「人」がすごいなあ、素敵やなあと、わたしが思うところは
ちょっちずらして、ふうっと息を吐いて、世界の平均的なあたりさわりない価値観じゃない、、、

う~ん、、、難しくてよおくはわからんけども(苦笑)
そう、うんまあ、「人」ならではの「こころ」で見てみると、
そんな一見したら「無駄」や「無意味」や「めんどっちい」ものですら、
「人」なら、わたしなら、
命を吹き込む事ができるかもじゃない!!!
素敵と思える時があるじゃない!!(最低と思う時もまたあるが、それも然り。)

予定調和じゃないじゃやない!


「可能性」「未来」「希望」「夢」!!!
ひいいいいいっっ。。。。自分でうっててこそばい(苦笑)

それが如何ほどにでも出来るかもしんない・・・「気持ち」がする時あるじゃない。

それは手の届かない遥か遠い雲海を見上げる動機に似ていて、

捕らえられない鳥の行く末を想像しながら目を細める表情のようで、


二つともはっきりとした「答え」がわからないものなのに、
どうしてか私ら、それらを見上げ仰ぎ続ける。時に笑みながら、時には泣きながら。

そんな無謀な事象にまで惹かれるのは「かたち」無き「こころ」持つ「人」であるからこそ。
そんな無償な対象にまで名付けるのは「かたち」を「創造」したいという「未来」を描ける「人」であるからこそ。

コンピュータは相変わらず発展もなく「まる」を「○」と叩き出し「丸」と示し続けている。

私は相変わらず発想しまくりながら「まる」の中に不確かながらも色々な世界を描き続けていくだろう。
懲りないねえ、、、、。ああ、でもそんならいっそ懲り続けたい。。苦笑
うう・・・・なんちゅうもやもやだぁっ!!!
スパイラルイズへブン!オアヘル!?どっちんでもいいから切っ先の「果て」が欲しいっ。。あたしんだけの。

何かに「呼び名」を求め、一時の安定を得、そしてまた新たに「あだ名」をつけ・・・、一夜のまどろみが覚める頃、また新たな「愛称」を創造していく。そしてまた・・・。


人間だからそれでいいんだろうなあ。

形を欲しながら、いっぱい無駄と地団駄踏んで、また形を壊していく、
捕らえる事のできない、そんな儚く動き続ける姿、
それそのものこそが私達の在るべきベストな「形」なのかもしれない。

ただ走り続けているだけなら「呼び名」も「呼び声」もない、白いとこばっかりの何もない空間のみで充分なんだろうが、

初夏にフライングしちまう梅雨の尻尾みたいな時があれば、はたまたガクーンとダウンしちまうこんな時もある、
だからこそ見つけられる、「創り出せる」新しい対象の姿。


単純な100m走より、障害物走のが明らかに笑いがとれる。
「答え」の待つゴールが見えなくなる程、長い永いコースには様々な障害や物語が備え付けられている。
敢えてややこしいそっちを選び、
色んなとこで、笑い転げたり食らいついたり、飛んだり這いつくばったり、呆れるほど無駄なタイムロスしながらわたしは行こうと思う。


目に見えるゴールテープよりも、、、
目に見えないが確かに信じる・・・いや、嘘。(笑)
信じたいと思い続けている目の前にある真っ白な空間と、
見えないけれど確かに聞こえる・・・いや、嘘。(笑)
聞きたい、聞こえるようにしたい、と想い続けている
愛しく感じる声の在る

「今の此れ」こそを、
最愛の「愛称」で呼びたい、と

・・・よくわからない
「こころ」がそうしたがっている・・・・

気がするからだ。笑

きっといつかは、消して永久ではないその汗と垢と血だらけの「愛称」ですら忘れてしまう時が来るんだと、
ああ、儚いと、知りながらも、


なんでかしら、私は「○」の事をずっとずっと思い続けている気がする。

Posted by 芙美子 on 7月 16, 2008 | | コメント (22) | トラックバック (0)

2008/07/12

トんでるのは海老だけではなく…

トんでるのは海老だけではなく…
皆さんこんにちは、

地球にも自分にもなかなか素直に優しくなれない、そんなぶきっちょ&おっちょこちょいのカワイイ奴、22歳、蓉です。 (痛い自爆ネタだな。こりゃ。笑)

ずっとエビフライの事を考えていたら、ついに海老の神様から新たな単語を享受させて頂きました。


『海老飛』……。


……………………、と記して、『えびフライ!!』


……………、と読めるんじゃないのっ!!?Σ(゜Д゜)

いや……、読める、読めるはずだ。。


むしろ、、、、
読ませ『たい!』(hope。)
読んで、呼んで頂きたい!!!!


…………海老の神様よ、ありがとう。


願わくば……、
神様でなくてもいいから、どなたかあと一言、、


新しくもなんともない、使い古しの言葉を下さいまし。

………『それでも、いいんだよ』………

と。(笑)

現状はと言えば、


『それでも、いいんだよ』に


+『ね??』…。

を付けて自問+自爆+蘇生するのが常となっております故……(人間の妄想過多生活への適応力はおぞましくも…)、

いつか、
『それ、いいじゃん!』

と言って頂く事を目標に、


まずは『それでも、いいね』
の、一言を頂けるまで、


わたくし


『海老飛』=『えびフライ』


掲げていきます!!!!!
担がせて頂きます!!!!
ひらめきの旗と共に。\(´□`)/

合掌。

Posted by 芙美子 on 7月 12, 2008 | | コメント (16) | トラックバック (0)

2008/07/05

渡る世間は時に狭し

渡る世間は時に狭し
こないだ撮影現場に到着して、バスからとことこ歩く道すがら


『なんかここ匂うなぁ』

と思って、俗に言う『デジャブ体験か!?』


と思って(笑)
素朴な疑問……
それがいつまで続くモンなのかしらと意味もなく歩数をカウントしてたら何のことはなく、


『再来』だった。苦笑。


以前にお邪魔した場所、ある映画のロケ現場だった訳です。


ちゃっかり巣作りしたくなるよぉな、
お洒落で素朴で総じて素敵な場所で……(-_☆)

何といってもとにかく猫が多い。

以前にお会いした猫に再開の挨拶をと思って探していたら、

どうも猫が増えているようで(笑)


とりあえず向かいの席に鎮座ましましたこの子を写真に撮りました。


お邪魔しました☆
また来るのでよろしく(^^)

そして皆さん朝から本当におつかれさまでした☆

あ、全然関係ないけど、

最近クラシックにハマってます!!!!

おかげさまで狭くて埃っぽい部屋のBGMが清楚で壮大なクラシックに…苦笑。

でも梅雨が空けたら季節的にもまたCoccoにしようかなぁ〜(恒例行事。)

Posted by 芙美子 on 7月 5, 2008 | | コメント (11) | トラックバック (0)

2008/07/03

道無き方へ行く者

道無き方へ行く者
今日は関係の方とお寿司を食べに行きました☆

一時期わたくしの携帯ストラップという重役ポストにも就いていたえびです。
(※もちろん本物ではなくハンズで買い求めたリアル寿司グッズ)


縁側の猫の様に丸めた背中にひときわ哀愁が漂います。苦笑。

さて、カウンターの向こうには水槽があって、
無表情な丸い目に相反した
愛嬌たっぷりの唇を持つなんともヘンテコで可愛らしいタイがふわふわと泳いでいました。

タイ君の他にも色々と居るナイスキャラな彼らでしたが、
安心な事にみんな鑑賞用だそうです。

その中でひときわ目を惹いたのがフグで……、


悠然と漂うタイやうまづらの間で、
ただ一匹、
何故か懸命に水槽の奥へ向かって、

そう、奥のガラスのその向こうに向かって一心不乱にヒレをばたつかせながら前進を試みている訳です。

多分ガラスが見えないのかもしれませんが、
どれほど少ない脳みそで測っても、そろそろ理解できましょう。。。

と、いう程時間が経っても休む事なく、突破できないその向こうに足………、

いや、ヒレを伸ばそうと熱心に泳ぎ続けていました。


人間の世界にもたまにこういう奴がいるなぁ〜


と思いながら、


見目麗しい色つやの鮮魚が陳列してあるガラスケースを目前にして、

わたくしは静かに納豆巻きを噛むのでした。

いやはや……、


しかしながら、
人間界でも稀に遭遇しますが……。(・_・)

彼のような

なんか無謀な奴。


『不可能を可能にする』…………

……か、どうかには正直あまり興味はありませんが(苦笑)


『不可能を可能に…


「しようとする奴」』

そして、そんなちょっと無謀で、代わりのいない様な危なっかしい奴ほど

『可愛らしいな』

と、思えてしまうのは何故でしょうか?苦笑。

わたくしだけなのかしら?(Θ_Θ;)

……う〜ん。。


よくわかりませんが、

多分、フグである彼の愛嬌たっぷりの顔面のせい…

……だけでは無いような気がします。
ヾ( ´ー`)


ともあれ

彼がいつか、井の中から大海に出られる事を祈らずにはいられない気がしました。


『道は辿るものでも、

作るものではなく、

進もうとする者の後に

勝手にできるもの。

……なのではないだろうか』と、

そう一匹の小さなフグでしかない彼の姿勢から、

読み取れる気がして、少し彼に感謝したからです。


ちなみに……


わたくしは、フグなら唐揚げが好きです。(笑)

訓戒とDHAが摂取できるなんて、天は魚に二物を与えたのですねぇ。(´ω`)

実に素晴らしい夕餉でございました☆☆(^-^)v

Posted by 芙美子 on 7月 3, 2008 | | コメント (12) | トラックバック (0)

2008/06/19

A―train

A―train
呼ばれて!
(るのか?)


飛び出て!!
(どんだけ!?;)

じゃじゃじゃーん!!!!!!

(…総じてネタが古いっっ。汗)


そんな前フリの過度のふざけ具合と氷点下のサムさ(;´Д`)はさておき………

本日より、新たに改めて、


ブログ『酔芙蓉』(すいふよう)

☆☆再開させて頂きますっ\(^_^)/ ☆☆


乱れに乱れたダイヤと、脱線&脱輪していた行き場の無い文字達が、やっと平常通りの運行に………震。(((;´Д`))


きっと道路交通情報局のお姉さんもびっくりです。

故にインド人はもっとびっくりでしょう。(会った事ないけど。笑))


わたくしに関しては驚きと感嘆のあまりに三点倒立しそうな勢いです(笑)


デザインも一新しました。

ちなみに直筆デザインです。
芸術は爆発です(笑)

プロフィールも簡潔&さわやか!!!(わかりやすさ度急上昇↑)


そして、


新たにわたくしの名前も変わりました。

『水月 蓉』(みつきよう)


と申します。


どうぞ以後改めてお見知りおきを。

いえ、いや、いやはや、
なんだかんだでここは失いたくなかったのです(苦笑)

また戻ってこれて本当に本当に良かった(〒_〒)


協力して下さったたくさんの方々や、

こうして見て下さっている皆様にめっちゃ感謝です。

最近は様々な方がブログを運行してらっしゃいますし、アクセス数もギネス級に達するものもあるとか…、

されば地味でもへちまでも!!


『酔芙蓉』は存続年数ギネス目指して…
(ハードル低いんだか高いんだか( ̄□ ̄;))


…これからものんびりゆっくり時々特急って感じで(矛盾その1)


存続していきたいと思います(^-^)☆


行くか退くか

やるのかやらんのか

ピンなのかキリなのか、

エビでタイなのか(不可解その1。。)、

カルーアなのかミルクなのか、(カウント不能。)


LikeなのかLoveなのか……

そんな戦々恐々としたバクチな位置づけと、刹那的な価値観が錯綜する殺伐としたこの浮き世にて。

敢えてわたくし、間を取らせて頂く所存です。


明か暗か、

日中か夜か、

それらの双方のみが、

例えば結論だと言うのならば、

その間に存在するであろう、
曖昧にして儚く美しい朝焼けと夕暮れの中に在る、
名も無き色彩をかき集めて…………、

……大切なのはどちらかなのかではなく、


どっちにしてもとにかく

在り『続ける』事だと思ってます。


確かにそこには結論と安定こそありませんが、


確かに常に『可能性』という名の小さな灯火が

静かに揺れているはずなのですから。


あ~;、
またいつもの調子で難解な文にしたためてしまいましたが……。↓

簡単に言えば、
凄いのはハンバーグでもなく挽き肉でもなく、
姿無きツナギのタマゴだっちゅう事ですっっ!!
(またこの無茶ぶりさに栄誉を讃えたい…;汗笑)

※余計に不可解でハンバーグが食べ辛くなってしまった方ごめんなさい。


とにかく、これからもアンニュイでシニカルに(笑)
何より楽しくやっていきます☆
よろしくお願いします(・ω・)/

…発射オーライ。

結果もオーライ。

『え~、この電車、2008年6月発…、脱力系酔芙蓉号、

終点駅は~~、


未定です!!』


It’s All Light!☆

(車掌風)

Posted by 芙美子 on 6月 19, 2008 | | コメント (40) | トラックバック (0)

2008/05/16

もうすぐ

もうすぐ
祝・復活します。

そして、

なんと


名前が変わります。

ここも私も(笑)


改めてリニューアルしてから発表したいと思います。


サヨナラCOLOR、

サヨナラバス、

サヨナラ、サヨナラ
水田芙美子。


……乞うご期待。

そして今日のスタジオでのBGMが何故かブランキージェットシティだった。


ほぼ8割。

おかげで帰宅してからも浅井健一が頭にハリツケになったままで困惑してしまった。(笑)


こういう時は


やはり、

ピンクの若いブタを連れてしぶちかを散歩するべきなんだろうか…………?


※ブランキージェットシティがよくわからない方へ→彼らの楽曲の中に『ピンクの若いブタ』という曲があり、歌詞に

『♪たまには、ピンクの若いブタを連れて地下街を散歩するぜぇっ♪(浅井健一風)』


というのがあり、


上記の素朴な疑問は
そんなロックな歌詞を身近で実行するとしたら……という私の微笑ましい思惑です。

では、……

しばらくお待ちください('-^*)

Posted by 芙美子 on 5月 16, 2008 | | コメント (34) | トラックバック (1)

2008/05/07

無限の色彩と小さな革命。

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絨毯敷きの階段の6段目。向って左が一番広くて、背もたれもあって何より階段を往来する先生や生徒の邪魔にならないベストポジションなのだ。
リズム体操のリトミック教室とピアノのお稽古の総合教室に通っていた私は、当時・・・多分小学校1年生。

今では想像もつかない程、というか絶対に信じてはもらえないだろうが、とてつもなく大人しい子供だった。

着用するのは絶対スカート。鉄則だった。ズボンなんて、当時の私の美意識にとっては論外だった。
伸ばしっぱなしの髪は飾りのついたゴムで母に「痛い痛い」と文句を言いながら結ってもらうか、だらりと長く真っ直ぐに下ろしていた。
大変な人見知りで、団欒している教室の隅っこにある学級文庫の最寄の席に陣取って、済ました顔で絵本やらを読んだり、落書きノートに星のカービィのオリジナルストーリーを書き溜めては、こっそりと黙って勝手に学級文庫に加えていたりもした。
なんて陰気なやつだ。

多分ちょうどそのあたりの頃だと思う。よく思い出すことはないのだが、、、ぼんやりとした断片的な記憶が幾つもあって、破損の激しい映画の8ミリフィルムのようだ。
しかし、その映像は途切れ途切れにも確かな採光を放っているのだ。
何故、15年後の今でもそのフィルムを捨てられないのかはよくわからない。
ただ、あと15年後の先でもきっと捨てていないだろうというのは何故かよくわかる。

ぐるりと緩やかに2階へと続く階段に座って2階の本棚にある児童向けの本や洋書を読む。
生徒によって過ごし方はそれぞれ違ったが、私とその他数名の生徒はリズム体操の教室とピアノのお稽古の間の15分程度の休み時間をそうして過ごしていた。
そうじゃない子達は、ピアノ教室の準備に追われている先生の警備が薄くなった教室を、ここぞとばかりにドタバタと駆けずり回っている。
模範的な子もいて、リズム教室が終わるとさっさと2階のピアノの部屋に行って予習をしている。

私はそこまで真面目じゃなかったので、今日も本を広げていた。
先週読んだ洋書は気味が悪かった。7人の薄気味悪い悪魔が虹の沼で溺れてしまうという話。
仕方なかったのだ。本当は「ウォーリーを探せ」っていう本が読みたかったのに。

「ウォーリーを探せ」は生徒達の間で絶大な人気を誇っていて、リズム教室が済んでモタモタしているとすぐに誰かが読み始めてしまい順番待ちになるか一緒に読まなくてはいけない事になる。
順番なんて待っていても15分しかないんだから実際無理だし、あまよく知らない子と一緒に読むのもなんだか面倒くさい。
今日は運良くやかましい子の方が割合の多い教室だったので、大人しく本読み組の私は難なく「ウォーリーを探せ」をお抱えすることができた。

1階の教室の白いドアが勢い良く開いた。
赤い手提げカバンをブンブン振りながら、あゆみちゃんが飛び出してきた。
オカッパ頭(黒柳徹子ヘアー)で、天使の輪と言われる(らしい)、光が綺麗な髪の毛に反射して、頭のてっぺんあたりにくるりとできる輪が印象的な子だ。さらさらの黒髪を綺麗にオカッパ(徹子・・・。)形に整えてある。
しかしあゆみちゃんはそんな印象に反してとても活発、というか攻撃的な所がある子だった。
リズム教室の時にイタズラをして先生に叱られているのなんて日常茶飯事だし、むしろ先生が半ギレ状態であゆみちゃんの腕をひっぱって事務室に閉じ込めてお仕置きした時にもケラケラと笑っているような子だ。
真っ暗な事務室から聞こえるあゆみちゃんの甲高い笑い声は、かなり猟奇的に思えて私はちょっと怯えた事があった。
服装だってそうだ。あゆみちゃんは本当に可笑しな子で、女の子なのにいつも大きなダランとしたTシャツに黒いスパッツと、厳つい男の子みたいなスニーカーを履いていた。
たまに被っている帽子も野球のチームの変なマークのワッペンがついているキャップだし、まるで男の子みたいな格好なのだ。リズム教室が終わったら着替えるのかと思っていたけどそうではなく、どうも彼女の初期装備らしい。
だから、何で私とあゆみちゃんが仲良くなったのか、何で私があゆみちゃんに惹かたのか、また何であゆみちゃんが私の腕を掴んで引っ張り回したのか、正直わからない。
でも、とにかく私達は仲良くなった。
私が階段の隅っこで本を読んでいると、5分程度教室で暴れまわっていたあゆみちゃんがドタンと教室から出てくる。そして私の横に陣取って座り一緒に本を読むのだ。
読む・・・というか、あゆみちゃんが一緒になると読書どころではなかった。
あゆみちゃんは本の中の挿絵や文章を所々で拾っては瞬時にネタとしてこねくり回し(一体どの辺の脳みそを駆使しているのだろうか)ケラケラと笑いの対象にするのだ。多分彼女なりに読書ばかりしている私に合わせたのだろう。
しかし私は不思議と嫌ではなかった。
むしろ一人で読んでいる時よりも格段に面白かったし、一緒になって大声で笑った。
何度も繰り返して読んだ本も彼女と一緒だととにかく次々に笑えるネタが溢れてきて、飽きないのだ。

「ウォーリーを探せ」も例外じゃない。この本はページいっぱいに細かく描かれた何百人というたくさんの人の絵の中から赤と白のボーダーの服を着て眼鏡をかけているウォーリーという男を捜すというだけの本なのだが、人や色彩の数が半端じゃない為、子供が集中して探してもなかなか見つけられない。

私は勿論ウォーリーを探す訳だが、あゆみちゃんは違う。
あゆみちゃんは一度だってウォーリーを探さなかった。
彼女はウォーリーには一切興味を示さずに、ページいっぱいに蔓延る何百人の人々の中から格段に面白い人間や絵を探し出しては、コツコツと赤と白のボーダーだけに神経を尖らせている私に見せ、ケラケラと笑った。

「あゆみちゃん!いたいた、ウォーリー。これそうだよね!」
生徒達の間でも捜索難易度が高いとされているページでウォーリーを見つけた私は、少し興奮気味にページを指で押さえながら彼女に見せた。
あゆみちゃんは「ほんとだ~」と言ってニィーっと笑って見せただけで、またすぐに面白人間の捜索に戻ってしまった。

季節がゆっくりと転がっていって、私達もどんどん仲良くなった。
あゆみちゃんへの摩訶不思議な印象や少しだけあった恐怖感は既になくなって、むしろだんだんと私の中で彼女への憧れの気持ちが生まれてきていた。
本ばかり読んでいた私はいつしかリズム教室とピアノのお稽古の間の15分を彼女と一緒になって教室で転げまわって過ごすようになっていた。
わんぱくで活発な子、声の大きい子、色の黒い男の子、それまで全く縁がなく、むしろ避けていた彼らに対してあった私の中の漠然とした恐怖感はどんどん払拭されていった。
真新しいスリリングな感覚や落ち着きの無い予測不可能な展開の連続におっかなびっくりながらもドキドキして、毎回の様に転げ遊び続けた。あゆみちゃんはいつも私の腕をひいて、ケラケラと笑っていた。
白くてフワフワとしたお気に入りのスカート。
その裾にあった4つのレースのリボン飾りがいつのまにか全部とれて無くなっていた。
母に叱られた。手作りだったからだ。
私は言った。「スカートはもういいから、スパッツが履きたい」と。


あゆみちゃんとは教室だけではなく、2階にあるピアノの部屋でも遊んだ。
グランドピアノの足の間で人気を消して、教室に入ってくる先生を脅かしたり、
教室自体がない日にも近所の空き地や学校の校庭で遊ぶようになった。
あゆみちゃんは「ルールとか約束は破る為にある」とか思っているのだろうか。
何処にいっても、どんな遊具で遊んでいても、それらを正しい使い方、または示された通りの使い方で使用するにとどまることが無かった。
何かと浅知恵・悪知恵を働かせ新たな楽しみ方をクリエイトしていった。
それは時たま大人を怒らせる事だったり、あゆみちゃん自身が怪我をしたりするような危険なリスクも含んでいたけど。
少なくとも教室の隅で、絵を描いたり同じ本をじっと読んだりしているだけだった私にはひどくスリル満点で魅力的に思えた訳だ。
一緒に(というか半ば強引に道連れになった)子供にとっては少し落差のある塀から飛び降りたり、
階段の脇に二段続いた緩やかな車椅子用の坂をスケボーに乗って下り、車道に飛び出してしまい危うかった時もあった。
リズム教室の時に二人で教室から脱走して、酒屋さんでヨーグルトのお菓子を買い、戻る時に先生に捕まったり(勿論お仕置きだ。)
私にとってありえない日常が繰り広げられていった。
あゆみちゃんは物事が転回していく度に(どんな転回でもお構いなし)ケラケラと甲高い声で笑っていた。

梅雨に入った。湿気を充分に含んだ空気は蛍光灯の光にまで喰らいついている様で、それでなくても窓の
少ないリズム教室の部屋はなんとなく薄暗かった。
じりじりと上昇したり停滞したりを繰り返す湿度でその日はなんとなく息苦しくさえ思えた。
あゆみちゃんは相変わらず元気で威勢が良かった。窓に張り付いている雨粒が流れたり合体したりしていく様を見て、雨粒を擬人化し、台詞までつけてケラケラと笑っていた。
私もつられてケラケラと笑った。流れたり張り付いたり潰れたりする雨粒がとても可笑しく見えた。

そのうち先生が入ってきてリズム教室が始まった。
先生は女の先生で、クラモト先生という他のピアノの先生とくらべたらちょっとオバサンめな先生だ。
多分この教室で一番偉い人なんだろう。
肩までの黒い髪にいつも地味な色のカチューシャをつけている。
歌が上手くてピアノも上手だ。いつも引っ込み目の私もちゃんと皆の輪に入れるようにと気にかけてくれる、なかなか優しい先生だ。でも、
怒るとものすごく恐い。
あゆみちゃんもそうだが、他の生徒でちょっと悪ふざけがすぎるやんちゃな男の子や、リズム教室の邪魔をする子を叱って、最終的に真っ暗な事務室に放り込むのは他でもなくクラモト先生だけなのだ。
普段が優しく、問題ない為、キレた時クラモト先生はかなり恐い。

身体を動かすリズムの体操や絵本の続きの朗読が終わり、最後に音階のレッスンが始まった。
次に行くピアノのお稽古前に時間が余るとたまにやるレッスンで、要は音当てクイズ。
みんな後を向いて先生の手元が見えない状態になる。先生がランダムに鍵盤を抑える。その音がなんだかわかったら手をあげて答える。正解するとスタンプが貰えて全部溜まると五線譜のノートやら、消しゴムやら、音符のマークのついた鉛筆セットなんかがもらえたりするのだ。
私はあまり興味がなかった。だいたい貰える五線譜のノートは私が愛用していたうさぎのイラストがついている物ではなく、なんだか地味な緑色のやつでゴシック体のアルファベットで何やら表紙に書かれているだけのものだった。可愛くないし、線が細かくて音符が書き辛い。消しゴムは元々たくさん香りつきのや食べ物の形をしたのをもっていたし(当時流行っていた)鉛筆なんかより、ぶっちゃけロケット鉛筆やシャーペンが欲しかった。
小学校でそれらは使ってはいけない決まりだった為、母はなかなか買ってくれなかったのだ。

そうこうしている間に他の生徒達は一人、二人と正解を述べスタンプを貰っていく。
私も一応正解を述べスタンプを貰う。
早く終わればいいな。早く終わって早く転げまわって遊びたい。あゆみちゃんがまた可笑しい事を拾ってくるに違いない。あー、早く終われ。

とっとと時計の長針が30分を示す6の脳天を突き刺してはくれまいか。。
私は一向に向上心のない鈍間な時計の針ばかりちらちら気にしながら間の抜けた鍵盤の単音を聞いていた。

その時だ。
「はいっ!!」あゆみちゃんが手を挙げた。
「はい、イチカワさんどうぞ」クラモト先生がにっこりしながら答えた。

あゆみちゃんが元々大きめの口をさらに大きく横にニィーっと広げた。
「ファのシャープっ!」

「イチカワさんシャープを知っているの、すごいわね。でもちょっと違うわね。もう一度よく聴いてみて」
クラモト先生はやんわりとリベンジを促し、賞賛しながら、でも不正解だと伝えた。

小学校入ってすぐくらいになるのだから、シャープやフラットの知識は勿論あって良かった。
実際ピアノのレッスンもしている訳で、練習曲でも勿論必要不可欠なのだから。
しかし、リズムレッスンの時の音当てクイズでは、クラス全員のレベルの平均以下の問題しか出題しないようだった。すなわち、必然的に出題される音は黒鍵以外の極めて判りやすい音だけになるのだった。

クラモト先生は続けて次の音を弾く。
挙手する生徒達。ちら、とあゆみちゃんの方を見る。珍しく何か不満気な表情で俯いている。
小さくすぼまってしまった唇が聞こえないくらいの声を吐いているようだ。「アー」と言う発音を幾つか音を変えながら小さく何度も繰り返している。

「先生!さっきのもう一回やって!!」突然俯いていたあゆみちゃんが振り返り、叫んだ。真剣・・・というか、
どこか必死な表情だった。
クラモト先生も他の生徒達も驚いて一瞬全員が地蔵になった。休符が入った様に教室に一拍の空白が出来た。

「・・・・・。さっきのって、イチカワさん、さっき間違えた音の事?」
クラモト先生が空白に新たな流れを作った。生徒達は目を丸くしてあゆみちゃんと先生を交互に見ている。

「うん。さっきのはファのシャープだと思う。」あゆみちゃんは先生をじっと見つめながら答えた。

仕方なさそうにクラモト先生は黙ったまま鍵盤に視線を落とし、さっきの音を弾いた。
・・・・・。

「・・・どう?イチカワさん?」先生が問う。


あゆみちゃんは鍵盤を見ないように下を向いていた。そして俯いたまま言った。
「やっぱりファのシャープだと思う!」

クラモト先生は困惑した表情に「やれやれまた面倒な・・・」という感じの少し呆れた表情も浮かべながら
「イチカワさん、この音にはシャープもフラットもついてないのよ」となだめた。

「でも、前に弾いた時に、その音から弾いた時に、そうだったよ!
その曲の楽譜にはファのシャープって書いてあったよ!!
その音からはじまる曲だよ!!ちゃんと書いてあったんだよ!!」

あゆみちゃんはいつの間にか今にも泣きそうな顔になっていた。雨粒を見てケラケラ笑っていた事が信じられなくなるくらい、初めて見るあゆみちゃんのギリギリの必死な顔だった。

甲高い声でぶちまけるあゆみちゃんに先生はすっかり呆れた様子でため息をつくと、
「・・・・・イチカワさん、この音は違うのよ。ファのシャープじゃないの。ちゃんとよく聴いて答えなさい」
と言った。

それでもあゆみちゃんは「ファのシャープだ」という主張を曲げず、音階当てクイズは先生とあゆみちゃんの押し問答で頓挫してしまい、気がつくと時計の長針は7の数字まで抹殺していた。
結局、先生が実際にあゆみちゃんに手元を見せて弾き、その音が確かにファのシャープではない事を確認したあゆみちゃんだったが、「でも・・・でも・・・」と何か言いたげにもそもそ言いながら遂に泣き出してしまうという衝撃的な展開でリズム教室は幕を閉じた。
あゆみちゃんが泣いたのを見た最初で最後だった。
その日は1階の教室にまだ何やら言い合っている二人を残したまま、地蔵になった生徒達と私はそろそろと階段や2階のピアノの部屋に退散した。
私は平素を装って、いつものように階段の6段目で本を読んでいたがあゆみちゃんはいつになってもドアから飛び出して来ず、遂にピアノの時間になってしまった。彼女とはピアノのレッスンが別クラスだったし、終了時間も違う為、その日はそれ以降会えなかった。
本当なら、互いにどちらかが終わるまで待っている事もあったのだが。
無論その日はピアノのレッスンが終わって、1階に戻ってもあゆみちゃんの姿はなかった。
本はちっとも面白くなかった。

・・・・・・・・。
次の週からあゆみちゃんは教室に来なくなった。本当に来なくなってしまった。
翌週は単純に欠席かと思った。珍しい事だったけれど、誰も何も言わなかったし、ちょうどその頃ピアノのレッスンに新しく加えられた教本が難しくて(というかやる気がまったく起きないくらい魅力を感じなかった教書。なんだったかは忘れた)ピアノの講師に伸び悩みを咎められる事を予想して気が重かったから、そんなに気にはしなかった。

ただ、あの日みたいに本が面白くなかっただけだ。

翌々週も、その次の週も、ずっとずっとあゆみちゃんは現れなかった。
そのうちに夏休みに入った頃だったか、
あゆみちゃんがとっくにその教室を辞めたと聞いた。


絨毯敷きの階段の6段目に座って、高い天井にまで届いている玄関のスリガラスから射す駆け出した夏の陽を見つめていた。
真っ白い壁や天井いっぱいに乱反射して、息の詰まる様な白い夏の昼下がり。
生徒達のはしゃぐ声や、模範な女子生徒の弾くツェルニーの20番、玄関のドアに吊り下げられた小さな風鈴の音、絨毯敷きの階段を小走りであがるピアノ講師の鈍い足音、
フィルターを経た様に聞こえる。壁の向こうで聞こえる様に。まるで他人の事の様に。


私は「ウォーリーを探せ」を開く。一人でページを開く。
人気のある本だから、順番を待ったり、誰かと一緒に読まなくていい今日はラッキーなのだ。。

あゆみちゃんもこの本がとてもお気に入りで、何度も何度も二人で読んだもんから、
私の目前にやはりウォーリーはすぐに出現してしまい、すぐに全ページに於いて目的を失ってしまった。

15分という時間が経つのは思いのほか遅く、私は1階のロビーの受付の上にかかっている鳩時計をちらちら睨みながら、ページの上で視線を彷徨わせていた。
時計の長針はなかなかピアノ教室の開始を示す45分のところ、9を貫いてはくれなかった。

ウォーリーを捜索するという目的を達成してしまった私は仕方なく以前あゆみちゃんがケラケラと笑いながら示した様に「面白い絵や人間」を発掘してみようと思った。
何百人という人々のイラストはひとつひとつが違っていて、何度も読んだ筈なのに一度も見たことの無い人間が何人も出現した。
「一粒で二度おいしい」というキャンディーやチョコレートはよくあるが、この本は「一冊で何度でも面白い」という感じなのかもしれない。

たったひとつしかない絶対的な「目的」を持ち、知らず知らずのうちにそれに拘束されてしまい一人で黙りむ事しかできなかった私、、。
対照的に連続する幾多の瞬間の中で次々と目的を「発見」し、たくさんの周囲とそれを共有し笑う事を好んだ彼女、。
あゆみちゃんは自発的に本なんて滅多に読まないみたいだったけどこの本だけはお気に入りだった。
少し納得できる気がする。

一人では見つける事ができなかった、そうしようとも思わなかった名も無い「面白人間達」を次々に発見しながら、私はふふふと笑った。一人で笑った。
でも隣に彼女が居た時の様にケラケラと甲高い笑い声をあげる事はもうなかった。


いつだったか飾りのレースのリボンが全部とれてしまった白いスカートには新しい飾りのリボンが縫い付けられて、薄汚れた生地も綺麗に漂白されていた。


名も無い面白人間達を一人ひとり噛みしめる様に見つめながら、一人で「ふふ・・・」と小さく笑いながら、
私は真新しく縫い付けられたレースの飾りのリボンをひとつひとつむしっていった。
きっとまた母に叱られるのであろう。
そしたら「スカートはもういいの。スパッツが履きたいの」と私は言うだろう。


たったひとつきりの、赤と白のボーダーの様な単調な自分だけの世界から、
名前も知らないたくさんの人々の輪の中で転げまわりたいと思ったのだ。

もう一度ケラケラと甲高い声で腹の底から笑うあの感情を味わってみたかったのだ。


あゆみちゃんがこの腕を引っ張ってくれなくとも、なんとなくそれが出来る気がした。
真っ白に飛んでいく、7歳の夏の始まりだった。
色鮮やかに飛び出した、幼い私の微々たる革命、
新たな始まりだったのかもしれない。

Posted by 芙美子 on 5月 7, 2008 | | コメント (11) | トラックバック (0)

2008/04/27

G線上のアリアさんになんて贅沢は言わん。あたしは電線上のスズメに過ぎないのだもの。



あっくんのベースの話をしよう。
冥王星の海底2万マイルから。
えへ。やっぱね、何も産めないのは相変わらず。
そりゃあもう大変な難産なんだからさ、でもね、今日は何も産まないって先に宣言して、こうして書いてる。

皆様ごめんなさい。


少しずつ、色々勉強中だけど、少しずつまた元の調子に戻しますね(笑)

ああ、でもまだまた暫く潜るつもりだけれども、
なんかまだエラの方の調子が良くないみたいだから、たまたまこうして息継ぎに浮いてきたって訳。

そう、


あっくんはね、ベース弾きなの。あっくんが何処の何方かってのは敢えて説明せんでおくけども、
あっくんはね、「くっ」っていう一拍分にすら、命が煮えたぎっているベース弾きでね、

ライブ見たのね、あっくんがベース弾いているステージ。あっくんは脇役な訳。

上手いんだよ、凄く。でもね、
私あっくんの手首の事しか殆ど覚えていない。

ベースと指がテンポ良く戯れて、乱れない速弾き。
それで、キメの一拍。その後の一拍分の空白。
その時にあっくんの手首がリアの下あたりまで「くっ」って落ちて止まる訳。

まるでストップモーションみたいな静寂を携えている。爆音の中で。一拍の「くっ」っていう動作がね、

その動作は勿論一拍分の他愛もない、手癖みたいなもんよ。
でもね、その一拍分の無造作の中に、誰も、まだだあれも気がつかないあっくんが居る訳。

それやもう、ああもう素晴らしく成立しているのね、、、だから何って感じでしょ。
でも、「だから何っ?」っちゅう意味のない動作に感化されるって、感化させるって言うのは、エライ事よ。

あすこには何か居る。居る。在る。
だってそうじゃなければこんなにぐらぐらしないもの。

あの一拍のあっくんの手首にはきっと爆音の全曲を無音にするような爆弾が仕掛けられているに違いないのさ。
でも、やっぱりだあれも気いつきゃしない。

なんか、なんかこういうツマラン意味の無い一拍の中に、
まるで、そうね、朝焼けの橙色に滲む積もりたての雪面、だあれも踏んでいないそこに投身するような快感さをとても感じたって訳で。
そういう何と言うか感というか、ナントカカントカみたいなよくわからない「ふっ」っていう鼓動を大切に想っちまう訳だ。
私は。

あっくんの手首の「くっ」っていう一拍の中に、否めぬ鼓動の盛り上がり。
あの一瞬の中で見た、眩しい程に成立したあっくんのリーズンデートル。。。。些細なモノではあるけれど。
微細にでも存在している確かな引力によって、否めぬ墜落の予感。
あの一瞬の中で発生した、可笑しい程に不揃いの、この妙ちくりんな「生感帯」みたいな感覚。


また「好き」になれて良かったって、思った。何かを。

愛する余力がまだあった事や、それをまだ探せる感覚がまだ残ってた事は気恥ずかしいが嬉しい事だった訳だ。

そういう訳であたしはあっくんの手首にエラくどエラく感謝した訳だ。

・・・・。

そうそう、それからね、なんだかとても「無意味」ブームなんだけど、

終電の私鉄を待ちながら、線路を見つめるんだな。
危ない事想像してると思うじゃろうけど、残念ながら現実世界では、そこまでヒロインにはなれんのだな。
阿呆くさいので却下。夢なんて所詮は見るだけ、蛇の生殺しさ。
ありゃあ、無いんだ。浮世には。だからアコはアコ自身が創るんだって思ってた。

世界に勝手に絶望しながら、アコはアコ自身に手前勝手な希望を思ってた。


それは想像と言う名の創造だ。世界は諦めてもいい。でもアコはアコの中の世界だけは諦めたくない。
そしてそこでは想像が創造として成立し、カタチになる、唯一の場所。

只の戯びだったのだよ、戯びはあなたもお好きでしょうよ。ねえ?アコはね、絶対そう思うの。
みんな戯びたくても、我慢して凝縮されながらゆさゆさ電車で還っていくけど、アコは違う。
アコは今、戯びたい。アコは、意味なんていらない。得なんて要らない。
衝動だけが一番透明な信条であって一番素直な心情って、思ってる。想いたい。
電車は定刻で勝手に止まっちまうけど、アコも本当は止めてほしいのかもしれないけれど、
でも、既にブレーキがなかった。
ブレーキが。
それに何かに制御されるのはきっと苦しい。轢かれるよりも。
だから、戦慄きながらアコは戯ぶのを辞められずに居た。極めて愉しそうに。


ああ、あれは確か急行列車の地響きに唸っちょる線路の上に垂直に横になっとる身体を想像するっちゅう地味で趣味の悪い戯びをしていたんだった。

終電車がわんわん鳴って待ちぼうけ不貞腐れてくれてんのにも関わらず、どうにかしようにもどうにもこうにも
戯ぶのは辞められないんだった。

帰りたくないようとやんや言ってる駄々っ子みたいに、「ごめんごめんもっかいもっかいだけ」って、
どうにもこうにも戯びが終わらない。

想像なんかは、どう構築して、綺麗に綺麗に整えても、所詮現実や目前ではカタチを持つ事が出来ずに、意味を持たないと解っていた。
駄々をこねても子供ではないアコはよおく知っていたんだけれども。

そうこうしているうちに遂に終電車は発射しちまった。
しびれを切らして、目を赤く染めながら発車しちまった。

何にも来ないのに、もう何にも居ないのにその戯びをするのは、まるで一人でオセロしているみたいな孤独感だ。

仕方が無いわねっつう顔をお試しでコンパクトの小さな鏡に映せば、無表情のままの白い顔面が渇いた舌を出していたもんだから、

そのまま駅から歩いてヘルメット300個分くらいの場所にある酒場に行くことにした。

バーテンの兄ちゃん、ズックは相変わらず金髪でおっ立ってて、闇夜に咲く向日葵みたいな奴だった。

「アコね、お金を持っていないから代わりに面白い戯びを教えてあげる」と言ったら、案の定気前よくウオッカを出してくれた。
禁じられたあのお戯びの話をしてやった。

そしたらズックはゲラゲラ笑いだした。金髪をガシガシ掻き毟りながら。
ゲラゲラとガシガシとが止まらなくなったみたいだった。

笑いすぎて過呼吸になって苦しいっちゅってんのにも関わらず、まだ性懲りもなく狭い床の上をころげまわるもんだから、
ビアサーバーのクチんとこにでも中てといたらって、アコが空っぽのナイスフォローしたら本当にやりやがったんだ、ズックの野郎。

女が焼餅妬くんじゃないかっつうくらいのえげつない接吻を、金色の唇にだ。

今度はアコの方が参っちゃって、狼狽しちまう程笑いが止まらない。笑いが止まらない!!笑うしかない。

これは大問題だ。干しっぱなしのワンピースとスリッパが乾いているかどうかっつう最重要問題を易々抜いての大問題。
アコはカウンター奥の丸い形の窓を見た。

そこからは十六夜の青い光が射していて、ふらふらの酔っ払いみたいなゲンナリさ加減でデコボコのカウンターに
ぶっ倒れている。

アコは着けたて、磨きたてのスカルプの爪の先をそうっとその青にひっかけた。
青のふらふらの光の膜をにじって、細く編んでから、

未だにゲラゲラ笑ながらえげつない接吻を続けるズックの首に引っ掛けた。

きゅうと両端をちょっとずつ引っ張る。絞られて滴る群青の雫。
「そろそろ洒落にならんでしょう?」ってアコが言う、
ズックは「ならんならん!!」っと言ってから、
「愛してる!!」とぶちまけて、笑いながら群青まみれの首から下で、ウオッカごとアコを抱いた。


夜明け前


アコは私鉄の始発電車を待っていた。
線路の上で待っていた。


寝ぼけ眼のように弱々しい吐息みたいな朝焼け。一秒一秒を噛みしめるように世界に染み込んでいく。
熟睡した無垢な子供の様に静かな寝息をたてる、ズックの金髪は萎れた向日葵になっていく。


群青まみれに濡れたままのアコと眠っているズック。


アコはね、アコは、世界の何処にも夢なんかないって知っているの。
だからアコは想像するの。
でも今朝はとっても気分がいい。

だってズックが「愛してる!!」って言ったのよ、アコに。
群青に濡れながら思ったの。青い接吻を信じたい気がしたの。

笑いが止まらない。ダイナマイト300個分くらいの衝動なの。

アコは目を閉じる。


想像の中の衝動を、想像の中だけだった戯びを、
想像の中だけでしか触れた事のない愛。

そしてたった一夜に青く創造された愛のカタチ。


ズックは「愛してる」ってアコに言った。
アコは青い色が大好き。

きっとあの禁じられた戯びを今なら此処で創造できる。
でも、今でなきゃたぶん駄目。白昼にはこのカタチが埋もれて溶けて無くなっちゃうから。


今でなくちゃ。
今でなくちゃ。
今でしか見つけられないんだから。


ねえ?ズック。あなたも戯びはお好きでしょう?


ーーーー・・・・走り去る始発電車。散って飛ぶふたつの群青・・・・。。。。

同じ頃、ズックのアパートには女が寝ていた。赤い唇の女が、黒髪の男と。

その女は想像にも創造にも興味がなかった。
その女は目前にあるカタチ達だけを、只、認めることができた。
その女はすぐ脇で寝息をたてる黒髪の男の肩に額を寄せながら、幸福そうに眠っていた。

女はうわ言のように呟いた。


「バイバイ。ズック」

世界を諦めたままで覚めない夢の中、
世界を赦せないままで醒めない心のまま、
禁じられた想像を、一瞬の衝動のみに託して創造してしまった、アコ。


アコは何を恐れていたのか。
アコは何を守りたかったのか。
たった一瞬の儚い想像の出現にまでかけて。


女は幸福そうに眠っている。
気温があがる。
今日もその先が陽に照らされていく。


女は幸福そうに眠っている。

確かなカタチを持つ黒髪の男の体温に抱かれながら。


アコが知ることのなかった血の通ったカタチを抱きながら。

Posted by 芙美子 on 4月 27, 2008 | | コメント (11) | トラックバック (3)