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2008/12/02

どいつもこいつもフランスも・・・そして勿論わたくしも。

D1000146

先日友人と飲みに行った。
年齢の近い女の子だ。若いおんなのこだ!

どきどきである。

最初の店はボトルしかワインを置いていない店だったのだが、
我々は双方ともにボトル一本空ける勇気が無かったので、店のお兄ちゃんに無理を言ってグラスで出して頂けないか、と直談判した。

今考えると、

「何かまととぶってんだ」と、ツッコミを入れたくなる。

我々は飲んだ。
ビールで完敗・・・、いや、

「乾杯!ちィーーーーす!!」


と始まり、その後はグラスでワインをそれぞれ。
それぞれかぱかぱと飲んだ飲んだ。

最後の方はもう、「他の追加酒を考えるの、めんどくせえ。」という、アルカホール大魔王様にはなんとも無礼とも思える惰性の様なだらしない動機にまかせて、グラスのワインを飲み続けた。

かっこだけでもつく様に、と頼んだ創作エスニックのつまみにろくに手もつけずに、日々のうっぷんやら、色恋やら、仕事の話やら、実は私○○でした!とか、果てには政治ネタまで・・・。

若さというそれを次々と駆使し、その様な未熟で血生臭く、乳臭い観点越しに繰り広げている突拍子もないセオリーを次々と語り合いながら、ひたすら飲み続けた。

グラスでワインを飲み続けた。


4時間程経って、ひとまず会計を済ませて店を出た。

狭くて急な階段を千鳥足で通りに向って下りながら、友人が一言。

「ボトル、二本はいけたね・・・。」

私も一言。

「・・・いけたね。」

・・・我々は二軒目の店もかすめる事にした。

「もう店探すのすらめんどくせえ。」

という感じの我々は、通りに面していた飲み屋に適当に入店。


「グラスワイン下さい」

我々は何の躊躇もなくそう注文した。

・・・。
多分もう一本くらいはいけただろう。我々。


しかしながら、我々はあくまでグラスでワインを飲み続けた。
若い女二人が次々に投げ掛け合う会話は、治まらない波の上で近づいたり遠ざかったりを繰り返し続ける小船の様に。
長すぎて辟易するよな生きる最中で、航海の終わりでもなければ出航でもない我々は、作りたての質素な小船を、あまりにも乳臭くて脆い互いの小船を、延々とただつけたり離したりしながらグラスでワインを飲んだ。


「生きてるのがめんどくさい。やめたいだけなのにね」

彼女はそう言って、またグラスでワインを頼もうと顔をあげた。

店員はもうそれを重々に了解している様で、間髪入れずに綺麗に磨かれたグラスにとろりとした色彩と重みを放つそれを持ってきた。


「自爆する人の半分はそうかもね。死にたいっていう重苦しいものをザルにかけると、生きてることをやめたいだけっていう単純な動機がころっと出てくるのかね」


そうして、生きる事を辞めてわかるそれって、生きていたいと、生きるっていう色々が詰まっている、純粋で単純で、でも寂しくて愛しくて、なんだか熱いやつなのかしらと思って、私はグラスの淵を舐めた。
わかった時には勿論手遅れなのだろうが。

愛でる様な柔らかい曲線を描く眼差しで、一粒ずつ確かめながら時間をかけて数珠を編む舌で、数々の嵐や静寂を掻い潜って在る、勇ましく頼りない年季の入ったボロ船の上で、

「めんどくせえ」と了解できない目まぐるしい色々を投げながら、ただ呼び合う事に声を枯らす事だけが精一杯、いのちいっぱいという時期を経た時に、

改めて一本のボトルを飲みたい。

雑然と記されている訳のわからない難しい銘柄を選ぶ事ですら「めんどくせえ。」という、
なんだか未だにモラトリアムな若い我々は、
とりあえず盗ってつけた大人と、はみ出しまくりの幼さに混沌としている時期なのであろう我々は、

多分、まだ当分の間、
「グラス一杯」をひたすら、
ひたすらひたすらひたすら、精一杯、必死になりながら積み重ねていくのがいいのかもしれない。
それでいいのかもしれないな、と思った。

酒飲んでる時くらい思想よ止まれよ、と思ったが。
些細な酒ビン一本すら、箸の一本にすら、何かしらの熱っぽい象徴の残像を見てしまう。

そういや、こないだボジョレー解禁の時、たまたま酒場に居たおっさんがこんな事を言っていた。
本人に確認はとっていないが(というか、とれるはずないが)引用。

「ははあ、君の年くらいだったら何でも楽しい時なんだよ。僕が同じくらいの時はそう思わなかったけどね、いやあ、今思ったら、あんなに一時一時がいいもんだなあって思えるのって羨ましいよ。」
(多分こんな感じかしら)

それは俗に言う、
「箸が転がっても笑える」という時、いやまあ、なんとも聞くだけならば愉快極まりない時なのか。

しかしながら、私にとって箸の一本の転倒とは、そのなんともないつまらない事象一つではあるにせよ、
その事象に無数の想像、熱、虚無、暗示、などのあれこれを描いてしまう訳で。

そういう訳で、忙しくて笑っている暇なんてないのだ。

無論、その様な勝手極まりない雑魚の終結したカオスをどれだけ創造しようが、やはりは箸の転倒にすぎない。

なので私は赤い絵の具で作った色水をそうして黙ってぶちまけた後、笑っとく事にしている。
最終的には素直に笑っとこう。
笑えるに越した事はない。


「ボジョレーって美味しいスか?」

私は既にそれを飲んでいたが、私の倍以上は年輪を積んでいるおっさんに尋ねてみた。

「美味しいワインなんて他にたくさんあるよ。何年も熟成したやつとかの方がおいしいよ。
ボジョレーはさ、収穫祭だよ。
初出しおめでとうって事なんだよ。」

「その年の一番に、新たにスタートをきった葡萄酒と収穫におめでとうって事すか?」

「うん、まあ良く知らないけどね、若いモンはとにかくおめでたいんだよ。」


おっさんは酔っ払っていた。
とにかくおめでたいらしい。

―――「生きているのを辞めたいだけよ」
と言っていた、友人の事を思い出す。

私もそう思う事はある。
めんどくさいというか、絶句。
シムシティ(ダンジョンの中で一から街を作っていくというゲーム。地味だが私は好きだ。)のスイッチを入れられて、「さあ、今から制限時間○○(ありえないくらい短い時間とする)でここを大都市にしてちょーだい!さもなくば処刑!」
と言われた風な気持ちだ。

「めんどくせえ。スイッチ切りたい。リセットしたい・・・。」

という気持ち。

彼女が言うそれに似ているのかもしれないそんな気持ちになる時はある。

しかしながら此れはゲームではない。異次元でも幻でもない、かけがえのない現実そのものであるからスイッチは切れない。
処刑どころで済むならとっくに切っているが、それどころではない永遠の絶望(とでも言おうか)みたいな結論が背後にあるのであろう。

がむしゃらにゲームを続ける、「しかない」
とりあえずやるしかないよな、なあ友人よ。


「しかない」が「したい」になる瞬間の恍惚と嬉しさとの熱波を待ちながら、小船を揺らす。

「めんどくせえ。」から「めんどくさくても、でも・・・。」の「・・・。」の部分に力を尽くせる余力が抜刀する瞬間を待ちながら、名も知らぬグラスのワインを飲む。

若さを理由にして様々な事を蔑ろにしたり、誤魔化したりしているのはよろしくないなあ、

少なくとも私はそれに蔑ろにされながら、誤魔化されたりしながらたった一本の完成されたボトルを探している。

この記事、あと十年後にもう一回見たい。笑。

多分たいそう可愛らしく、無骨で愛しいと思うだろう。

たくさんの小さなワイングラスが複雑に砕け散った此れ、歪で鋭利に突き刺さる、無気力という熱っぽい気力と、絶句の中に在る熱っぽい叫びを携えたきらめきはもう二度と元に戻せないものなのだろうから。

ボトルの一本にも満たないグラスの数杯を飲み、うつらうつらと酔っ払いながらそういう風に思うんだろうな。

・・・とか考えたりする。

とりあえず結論。

酔っ払いは「めんどくせえ。」

友人はタガが外れたみたいに小船を激しくぶつけてくる。お喋りが止まない。
おっさんは日々の錘を振り落としたみたいに気前がいい。ごちそうさまでした。

私は、

記憶がない。途中から全く無い。

生きるうんぬんも酔っ払いも総じて「めんどくせえ。」のだから、
結局たった6文字で一蹴しちまうんであればさ、まあ気が済むまで蹴倒したらさ、
笑っとくのがいいね。箸の転倒に対する最終的な反応みたいに。


記憶が無い。
無い無い無い!
うむ、とりあえず「めんどくせえ。」時は笑っとこう。
多分・・・、今だけなんだろう。

「めんどくせえが、でも・・・。」の「・・・。」の中に、かけがえのないモノを見つけた時には、多分とりあえずでヌケヌケと笑ってる場合じゃない。めんどくさがっている場合じゃないだろう。


やんなきゃなんない事が、
守らなきゃなんないものが、

守りたいと想うものをそこに見つける、その時。
多分、必死だろう。
何かと問題山積、モラトリアムの螺旋の中の今よりも、もっと単純に必死に、

必死に喜怒哀楽しながら生きているだろう。

どこからそうなるかは知らんが、今は最後には笑っとく事にしている。
願わくば最期の時もそう在れればいいなあ。

最期でも、初出しでもないゆらゆら小船の波上途中でそんな夢を見たりする。

多分明日には記憶はない。覚えてない。

相変わらず懲りもせずまた小船をぶつけに行く。

・・・ここ最近完全に活字ブログを化している酔芙蓉ですが、ごめんなさい。先に謝っておきます。苦笑。

先手必廃!
勝って頂点のみよりも、廃して無限の可能性を模索したいな♪
そんなお茶目なわたくしです。うふっ。♪


あいや、すっげえ話変わるのだけど、倉橋ヨエコさんの「盗られ系」という曲(アルバム「婦人系」に収録されている)のPVがごっつい面白い。

冒頭から大爆笑しました。ユーチューブで見られます。本当に素敵すぎます。カッコイイのにどこか間抜けで可愛らしい「盗られ系」という曲ですが、PVは眼からウロコどころか、エラもお頭も何もかもがボロボロ落ちます。
とにかく面白いので良ければ御覧あれ。
解体(引退)が惜しまれます。惜しいです、倉橋さん・・・。

あなたの如し、狂鍵という訳にはいきませんが、色んな意味でしっかりちゃっかりその意思やご嗜好を引き継がせて頂けるならばいいのになあ、と想いました。
あ、あと「夜な夜な夜な」とか「人間辞めても」のPVも面白いですよ。
彼女は歌や曲や演奏だけではなくて、例えばPVなんかのあの独特さからも伝わる様にかなり広いキャパを持っておられるアーティストなのではないかと、今更になってひしひしと感じました。

音楽ネタで言えば、最近民族音楽にハマりつつあります。
コードの使い方がまずおかしくなりつつあります。笑。

なんかこう、アンデス山脈の、リャマとかひきながら、ケープを纏って・・・あいやいや~♪ないい塩梅の、
そういう音源知ってたら誰か教えて下さい。
さながらこの家もう既に、空中都市になりつつあります・・・。

ああ、息苦しい。酸素が薄い。
4階なのに、酸素が薄い。

息苦しいけどメげずにGO!マチュ・ピチュ。

そんな師走の初日記事でした!
また後日。


Posted by 芙美子 on 12月 2, 2008 |

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コメント

こんばんは

民族音楽好きとしてはぜひともお応えしたいところですが
ようやくCD棚とLP棚を漁ってみて
我が家にフォルクローレは各1枚計2枚しかも
ほぼ同じ曲を収録という惨状でして
残念ながらご質問にお答えできません。

その代わりといってはジャンル違いですが
ペルーのマリオ・バルガス・リョサとか
ホルヘ・ルイス・ボルヘスとマヌエル・プイグ(アルゼンチン)や
ガルシア・マルケス(コロンビア)などが
空中都市的な小説家群です。

とにかく読むのがめんどくさくなりますし
酸欠になります脳細胞が呼吸困難って言いましょうか。って
褒め言葉としてですけど。

ちなみに南米のワインも結構いけます。

投稿: 葦野 | 2008/12/05 23:14:57

どいつもこいつもフランスも?
フランスの流れが不思議(笑

そーね酔っぱらいはめんどくさい
でも、そのめんどくささが楽しい時もあるよね
若いころは毎日「めんどくせぇ~」とか言ってたけど、二種類あることに気がついた。
なんかちょっとテレ隠しのめんどくさいと
本当にめんどくさい時のめんどくさい(笑
きっとめんどくさいが口癖だったんだろうと
そう思う。。

あーめんどくせ

投稿: 雪〇 | 2008/12/04 23:23:01

まあ、若い女性にワインは似合いますな。

投稿: 好きだ好きだすき焼きだ | 2008/12/02 21:53:35

実は私○○でした <--- ○○っていったい何?とっても気になる...

投稿: すごいぞ | 2008/12/02 15:49:07

来年の今頃
俺は生きているのかさえ
わからない

今わかっていることは
確実に俺の体は蝕まれているという現実だけ

欺瞞 詭弁 猜疑心が、そこかしこに溢れ出している世の中だけど、死を覚悟して生きている今の俺にはこんな世の中でさえ、生きる事はとても素晴らしく、何気なく当たり前の様に存在している
空の青
白い雲
雨上がりの虹
ひこうき雲
たおやかな川の流れ
カエルの泣き声
落ち葉の匂い
頬に当たる冷たい風
白い息
ストーブにかけた やかんの湯気
熱い珈琲の香り
名も知らぬ小さな花

そのどれもが
とても美しく
とても愛おしい

来年の今頃
また此処に来て
水月蓉が綴った言葉を
読めたらいいのになと思う
今日この頃

投稿: 雨。 | 2008/12/02 7:04:08

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